広島城
はじめに
広島市の中心部に美しく佇む広島城。
周囲を囲む広い水堀と、黒い木目調の壁が印象的な天守は、市民から「鯉城(りじょう)」の愛称で親しまれています。
原爆ドームや平和記念公園からもほど近く、広島観光の際には外せない定番のスポットです。
しかし、このお城がどのような歴史を歩み、現在どのような大改革を迎えているのか、その背景まで知ると見学が何倍も深くなります。
この記事では、広島城の知られざる歴史や、現地を訪れる際の見どころ、最新の見学情報について分かりやすく解説します。
広島城の歴史と復興への歩み
毛利輝元によって築かれた太田川デルタの平城
広島城は、天正17年(1589年)に中国地方の太守であった戦国大名、毛利輝元(もうりてるもと)によって築城が開始されました。
それまで毛利氏の拠点だった吉田郡山城(現在の安芸高田市)は険しい山城であり、これからの天下泰平の時代に政治や商業を発展させるため、交通の便が良い太田川河口の三角州(デルタ地帯)に新たな城を築くことを決めたのです。
この築城の際、一帯の地名が「広島」と名付けられました。
つまり、広島城は現在の「広島」という都市の歴史が始まった原点ともいえる場所です。
その後、関ヶ原の戦いを経て城主となった福島正則(ふくしままさのり)や、江戸時代を長きにわたり治めた浅野(あさの)氏によって城下町はさらに整備され、大きく発展を遂げました。
悲劇を乗り越え平和と復興のシンボルとなった天守
江戸時代に建てられた広島城の壮麗な天守は、明治以降も取り壊されることなく、国宝に指定されて残り続けていました。
しかし、昭和20年(1945年)8月6日、広島に投下された原子爆弾の凄まじい爆風によって、すべての建物が倒壊してしまいます。
戦後、緑あふれる公園として整備が進むなか、昭和33年(1958年)に現在の天守が外観復元されました。
焼け野原から力強く立ち上がった広島の街を見守るように再建されたその姿は、地域の「復興のシンボル」として新しい価値を生み出し、平成18年(2006年)には日本100名城にも選定されています。
広島城を見学する際の見どころ
江戸時代の建築技法を再現した二の丸の復元建造物
広島城を訪れたら、まずは表御門(おもてもん)から二の丸へと進んでみてください。
ここには、江戸時代の図面や文献をもとに、当時の伝統的な木造建築技法によって忠実に木造復元された「表御門」「平櫓(ひらやぐら)」「多聞櫓(たもんやぐら)」「太鼓櫓(たいこやぐら)」が並んでいます。
櫓の内部は一般公開されており、中に入ると美しい木組みの構造や、城下町の防御を固めるための強固な造りを無料で体感できます。
壮大な水堀と原爆の痕跡をとどめる石垣
広島城は、川の水を巧みに取り入れた三重の堀に囲まれた「水の城」でもありました。
現在は内堀が美しく残されており、水面に映る天守や櫓の姿は絶好の撮影スポットとなっています。
また、お城を支える石垣をよく観察すると、一部が赤黒く変色し、ひび割れている場所があります。
これは、原爆による猛烈な熱線と火災によって焼かれた痕跡であり、広島城が歴史遺産であると同時に、悲劇を伝える「被爆遺構」でもあることを証明しています。
広島城を訪問する際の注意点
現地を見学する際は、以下の最新状況に必ず配慮してください。
- 天守閣の内部へは入館できない昭和33年に建てられた復興天守は、建物の老朽化に伴い、2026年(令和8年)3月22日をもって閉城(閉館)となりました。現在は、天守の内部に入ったり、最上階の展望室へ上ったりすることはできませんので、外観のみの見学となります。
- 展示品は新設される「三の丸歴史館」へ移行予定これまで天守内に展示されていた刀剣や甲冑などの貴重な歴史資料は、現在、広島城の三の丸エリアに建設中の「広島城三の丸歴史館(2026年度内に開館予定)」へと移される計画です。オープンまでの期間は、展示が見られない点にご注意ください。
- 二の丸の見学時間に注意する天守は閉館していますが、二の丸の木造櫓は引き続き内部を見学することができます。ただし、季節によって閉館時間が細かく変わるため、夕方に訪れる際は時間を確認しておきましょう。
広島城にまつわるQ&A
Q1:広島城の別名「鯉城」の由来は何ですか?
A: 築城された一帯がかつて「己斐浦(こいうら)」と呼ばれていたことや、黒い木目の外観が鯉の鱗を連想させること、また内堀にたくさんの鯉が泳いでいたことなど、諸説あります。現在も広島のプロ野球チームの名称(カープ=鯉)など、地域の象徴として息づいています。
Q2:天守が閉城した理由はなぜですか?
A: 1958年に鉄筋コンクリートで建てられてから長年が経過し、老朽化が進んだためです。今後は、江戸時代の姿により忠実な「木造での天守復元」を目指した整備が進められる計画となっています。
Q3:天守に入れない場合、見学の所要時間はどれくらいですか?
A: 広大な敷地内(公園)を散策し、外側から天守を撮影したり、二の丸の復元櫓の中を見学したりする場合、およそ30分から45分ほどでまわることができます。
まとめ
太田川の三角州に毛利輝元が築き、広島の街の礎となった広島城。
原爆によって一度はすべてを失いましたが、市民の熱い願いによって甦った天守は、2026年に閉城を迎え、次の「木造復元」という未来のステップへと歩みを進めています。
新しく生まれ変わる三の丸エリアの動きに注目しながら、江戸時代の面影を残す木造の櫓や、歴史を物語る石垣に触れて、広島の歴史を肌で感じてみてください。
詳細情報一覧
| 項目 | 内容 |
| 施設名 | 広島城(別名:鯉城) |
| 住所 | 広島県広島市中区基町21-1 |
| 営業時間 | 二の丸:9:00〜17:30(10月〜3月は16:30まで) ※入館は閉館30分前まで 広島城跡公園・天守外観:24時間散策可能 |
| 定休日 | 年末年始(12月29日〜12月31日)※その他臨時休館あり |
| 料金 | 無料(※2026年3月の天守閉城に伴い、現在見学可能なエリアはすべて入場無料) |
| 公式サイト | 広島城公式ホームページ |
| アクセス | 広島電鉄(路面電車)「紙屋町東」または「紙屋町西」電停から徒歩約15分、バス停「合同庁舎前」から徒歩約8分 |
筆者:Ito Yosuke
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